2009年1月20日 (火)

してはならないこと

このところ、書き込みとしては「どうすべき」かが中心となっている。もちろん自分の中では「してはならないこと」は大体はハッキリとしているのだが、「どうすべきか」は「してはならないこと」と密接な関係があり、これをなくしては「どうすべきか」は非常に漠然としたものとなるであろう。なぜならば不調の大半はこの「してはならないこと」をウッカリやってしまっているのだから。したがってここで、その「してはならないこと」を自分のためにも確認しておく。練習前にこの両者を確認する必要がある。

  1. ラッパを下に向けてはならない。
  2. 息を送る前にアパチュアが開いていてはならない。
  3. 唇を横にひいてはならない。
  4. 息のスピードで音程を変えようとしてはならない。

【1.ラッパを下に向けてはならない】

アンブシュアを決める半分以上の要素がラッパの角度だと思っている。言い換えるならば、アンブシュアが悪いというのは、その人にとって適切なラッパの角度を保っていないということである。したがってアンブシュアを変えることを考える場合、口の形そのものよりもラッパの角度をまず変えてみることを勧める。

それはさておき、とにかくラッパの角度で変わってくるのはアンブシュア。したがって、私にとって適切なアンブシュアを保つために「ラッパを下に向けてはならない」である。人によっては「水平ではならない」となるのかもしれない。

適切なアンブシュアを保つというのは、これまた言い換えれば、適切なアパチュアを保つということである。これについては何度か触れた。要はリラックスした形でアパチュアを丸く小さく保つためということになる。

【2.息を送る前にアパチュアが開いてはならない】

もちろん音を出すときに唇を締め付けてはならないのだが、息を送る前は「自然に閉じた」状態でなければならない。上唇と下唇の皮1枚で触れ合っている程度に閉じるのである。ということは息を送れば「自然に開く」し、息を送らなければ「自然に閉じる」ことになる。この「自然に閉じる」力が口腔内に圧力を生み出し、目指す音程を支えることになるのだ。

【3.唇を横にひいてはならない】

1や2をしっかり生かすにはアパチュアをできる限りリラックスした状態で「丸く小さく」保たねばならない。唇を横に引くとアパチュアも横に広がり、したがって「丸く小さく」しようとすると唇を上下にはさむ力を必要とするはずだ。これは唇に相当の緊張を強いる。もともと唇が軽くすぼまった状態であるならば、上下方向からも左右方向からもアパチュアを維持でき、唇はさほど緊張しない。また、横に引く場合は、音が高くなるにつれて構造上それ以上引けない状態になるはずである。ということは音域の限界を作ってしまうことにもなる。唇も薄くなるはずで、したがってバテも早い。唇が軽くすぼまっている状態であるならば、唇はしっかりとクッションの役割を果たし、バテの限界も最小限に食い止めることができる。

【4.息のスピードで音程を変えようとしてはならない】

音程を決定するのは息のスピードではなく、「息の圧力」。スピードの役割は音量であろう。そしてこの「圧力」を作り出すのはアパチュア。したがって、これまでの1~4はこれまた密接に関連する。

息のスピードで音量を変えようとするとどうなるか。高い音は最大限の息のスピードを実現しようとしてしまうはずだ。すると音は闇雲にデカく、がなった音になるはずだ。あくまでも音程を左右するのは「息の圧力」。これが上手く実現できるアンブシュア・アパチュアを作る必要があるのだ。

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2009年1月13日 (火)

圧をしっかりかけるために

音程にふさわしい口腔内の圧力、これが音を出す上での必須条件であり、そのためのアパチュアを形成する必要がある。そしてそのアパチュアを形成するためのアンブシュア。つまり、アンブシュアの目的は圧を作り出すことにある。大雑把に言ってそんな結論にたどり着いているこのごろではあるが、大変調子がいい。しかもそれを維持できている。

意識としてはアパチュアの形成でいいと思う。というのも、目指すアパチュアによってアンブシュアが決まるからだ。そして、これまでの記述でどのようなアパチュアが理想かは述べてきたつもりではあるが、ここでもう一回自分のために再確認してみる。

  1. アパチュアは「丸い形」をイメージする。
  2. そのために私は口腔内を「お」の発音の形にする必要がある。これによって、アパチュアが平ぺったくならず、「丸い形」を持続できる。
  3. 息を送る前の段階ではアパチュアは、上下唇の薄皮一枚が触れ合っている程度に閉じている。決して閉じようとしてはならない。
  4. ラッパの上下角も大事で、アパチュアが極力丸くなるような角度であることが大事である。
  5. 口腔内に圧力を作る。空気は逃げ道を求め、薄皮一枚で触れ合う唇から出て行く。そのときのアパチュアはもちろん「丸い形」でなければならない。

あくまでも私のイメージであり、万人に通用するとも思えないが、「圧力」の大切さについては私のみが言及しているわけではない。いずれにせよ、人によりその方法は異なるかもしれないが、音程にふさわしい圧力を作ることのできるアンブシュア・アパチュアの形成が必要であることは間違いないであろう。

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2008年11月27日 (木)

やはり「圧力の変化」が大事だ

「息のスピード」が高い音を出すときには大切なことは間違いない。ただ、それを実現するにあたり「スピード」を高めることに意識がいくと、唇に、つまりはアンブシュアに意識が行ってしまい、必要以上のプレスをしたり、唇を横に引いたり、様々な障害が発生するようである。

「息のスピード」はあくまでも結果であり、大切なのはそれを実現する「圧力」という作用と、それを支える反作用、つまりは「圧力に負けないアンブシュア」ではないだろうか。

もちろん楽器を演奏するときには息を吸う。その吸った息を「楽器に送る」と言う意識ではなく、肺から口腔内の圧力を高めることで息は逃げ道を求め、結果として唇から出て行き、その際振動を伴う。あくまでも音は二次的な結果としての現象として考えるべきだ。

したがって、当然アンブシュアは変化してはならない。高い音になるにつれてアンブシュアを横に引かぬよう、常にアゴの先端を尖らせ、口腔内を「オ」の形に保つ必要がある。

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2008年11月18日 (火)

「スピード」よりも「圧」か?

調子のいい時がどういう時かを検討してみると、アンブシュアが安定していることはもちろん、息を送る際にしっかりと「圧力」がかかっていることが言えるかもしれない。

息のスピードを意図的にコントロールするのではなく、ラッパに吹き込む息の圧力を意識して吹くと高い音でも無理なく出せるようだ。「圧力」を意識するということは、その圧力にアンブシュアが耐えていなければならない。それによりアパチュアが無理に広がることがあってもならない。すくなくとも、普通の音量の演奏ではそうあるべきのような「気がする」。

さて、これからしばらくはこの検証。悩みの大半がアンブシュアから離れてきたことは、一つの壁を越えることができたようで、大変嬉しい。

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2008年10月25日 (土)

小さい音での練習

やればできるものである。これまではラッパをよく響かせるために豊かな息を送る、つまりはできる限り大きな音での練習が多かったが、レッスンでの指摘を受け、力まずに少ない息でも高い音が出るように小さい音での練習を1週間ほど続けてきた。アンブシュアも安定してきたので、その形を変えることなく、できる限り小さい音を出している。

前回も書いたが、音が高くなるにつれて音量も大きくなり、「がなっている」様な音をこれまで出していた。が、その日の初めの音出しから、力んだ息ではなく、楽に息を出して小さな音を実現している。これまで力んで出していたのがアホらしいぐらい、無理なく出せる。これにより音域が狭くなるということもない。

小さい音について、私なりに考察してみる。これには、大きな音はどのように出すべきかを考察することにより明らかになると思う。

高音域は「速い息」で実現すべきものであることは、おそらく異論はないはずである。そして大きな音は「豊かな息」で実現させるべきものだ。では、その「豊かな息」とはいかなる息かというと、アパチュアがしっかりと開いた息であろう。したがって、高音域で大きな音を出すときは、息のスピードといかにアパチュアを開くかが大切だと思われる。

これについては、実は独断ではない。直接師匠から聞いたわけではないが、師匠曰く、大きく高い音になるとアパチュアを「広げよう」とする力が、マッピの中で起こるらしい。

ここまでふまえたうえで「小さい音」を考えると、どう考えてみても「広げよう」とは逆の力、つまりは「閉じる」力が左右しているとしか思えない。では、アパチュアを「小さくする」ことにより「小さい音」を実現するべきか。否。小さい音であれ前にしっかり飛ぶ必要がある。「小さくしよう」という力が働けば、締め付けることとなり、音は「こもる」はずである。

マッピを当て、息を送っていないときは、アパチュアは「自然に閉じている」状態が望ましい。

これに気をつけていれば、「閉じよう」とすることはない。したがって、締め付けるということもなくなる。気をつけるべきは「自然に」であり、例えていうならば、上下の唇の薄皮一枚が触れ合っている状態で「閉じている」と言ってもいい。また、豊かで高い音を出すときにアパチュアを「広げよう」とする力が働くのも分かる。

したがって、小さい音を出そうとした場合、その音量にふさわしい息、まさに小さい声で歌うときと同じような息を送るのみで、唇がそれに反応し、ふさわしいアパチュアに落ち着く。そうすることで小さい音は実現すべきであろう。

マッピを当てたときにアパチュアは上下唇の薄皮一枚触れ合う程度に「自然に」閉じた状態。そして息を送れば「自然に」開く状態。

すべて力まずにリラックスして息を送る方法である。

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2008年10月10日 (金)

アンブシュアと呼吸の関係

アンブシュアの安定は、いろいろな場面で良い結果をもたらす。ただし、ここで言う「アンブシュアの安定」とは何かという定義が大切で、要は何をもって「安定」とするかだ。

一言で言って「安定」とは、「息が送りやすい」ということだろう。高い音では息のスピードを要する。その速い息を送るときも、「安定状態」のときは、なんら力む必要はない。力いっぱい息を入れる必要もなく、ハーッと吐く息で十分である。この「安定状態」と感じられるようになるまで随分かかったが。

「息のスピード」が大切であり、また、このことはあらゆる場面で言われているが、私なりに解釈した結果、これをまともに受け取ると、特にそれが初心者である場合は悪い奏法が身につくおそれがある。「悪い奏法」。つまり「力む奏法」だ。

それを防ぐためのアンブシュア。息が送りやすければ速いスピードの息も送りやすいわけで、したがって力みも解消される。したがってリラックスできるのだ。シラブル奏法で、高い音は「ア」で低い音は「イ」というようなものもあるが、それはある意味「力む方法」であり、既に安定している上級者にはいいのかもしれない。しかし、私も含めた初心者の場合、身に付けなければならないものは、「楽に息を送るアンブシュア」である。音を出す土台である。

では、その「楽に息を送るアンブシュア」であるが、これこそが前回の書き込みに相当する。あの書き込みから、自分自身を律する形でそれを実践してきたが、本当に楽に息が吹き込める。音が前に飛ぶ。太い、しかもいい音がする。楽器全体で音を出している感触がある。

高い音は年月と共に身につくであろう。いずれにせよ、中音域が楽にいい音で出せない限り、高音域などおそらく無理であろう。

とはいいつつも、確信はない。私自身が高音域が出るようになってこそこの書き込みは意味を持つが、いい方向に「確実に」向かっている感触がある。これは確信を持って言える。

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2008年9月24日 (水)

だんだん進歩してますな

一時期までは、私の課題は「アンブシュア」で、最近はもっぱら「呼吸法」であったが、まさに今は「ノン・プレス」である。この3つの要素をそろえることで「音質」が非常に安定したものになってきている。課題がこのように変遷していることは進歩を表すもので、私としては大変嬉しい。

ノン・プレスと言っても全く押し付けないと言うわけでもない。アンブシュアのページでも説明しているが、「固定する」と言う感覚である。全くプレスしないで吹くなんてのは、そもそも不可能で、「程よい」プレスは必要なはずだ。私はもともとハード・プレスではあったが、そしてそれで上手な奏者もいるとのことだが、バテとかリラックスという観点に立ってみても、できる限るプレスしないほうがよいことは明白だ。

ノン・プレスだと、やはり音域は狭くなる。ということは、これまではプレスに頼った音域ということであり、呼吸など、本当に重要な要素がおろそかにされてきたということでもある。リラックスの妨げにもなっていたことだろう。

最大の目標はリラックス。それを実現するためのアンブシュアであり、呼吸であり、ノン・プレス。この一つ一つをしっかりと念頭において練習を重ねることが、私の場合には大事である。

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2008年9月 8日 (月)

ラッパは息を「吐いて」演奏するもの

所属するビッグ・バンドのリハで師匠にアドバイスを頂いた。まだまだ「息の吹き込み」が足りないようで、原因はつまるところ、唇を閉めているところにあるようだ。

小さい音も出せるようにと、音を絞る練習をしてきて、おかげでアパチュアに関する認識も高まってきた。以前書き込んだが、マッピを当てた時点では閉じていて、音を出しているときはできる限り開くことが大切である。が、「形」にばかりこだわってきて、「息」に目がいってなかった。その際の息は、どうあるべきか。

ラッパを吹くときは、当然ではあるが息を送り込まなければならない。高い音では当然息のスピードは増す。が、その息を送り込むときに大切なのは、師匠の言を私なりに翻訳すると「呼吸の延長としてラッパに息を入れる」と言うことであるとのことだ。

息を吸う。息を吐く。その「吐く」と言う感覚で音を出すことが大切のようだ。したがってその際にはアパチュアが閉じていると、「吐く」と言う作業の妨げとなる。したがって、音が高くなったときに息のスピードが確保できない。音が高くなっても「吐く」と言う感覚を忘れないようにせねばならない。

これはリラックスにも通じる吹き方ではないか。したがって、音も前によく飛ぶ。呼吸法の大切さが分かってきたのは、一歩前進といえよう。

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2008年9月 6日 (土)

ファルセット(裏声)

師匠に言われたとおりの吹き方で日々練習をしている。大切なのは、その教えを忠実に守ると同時に、自分なりに消化することであろう。師匠の教えを最大限に生かすために、今回取り上げたいのは「息の送り方」である。

師匠に教わったアンブシュアをリラックスして実現するには、「息の送り方」が重要だと気づいた。ちまたでは、アンブシュアを意識するのではなく、息が強調されているが、ここしばらくの練習で全くその通りだと認識した。

で、どんな「息の送り方」がアンブシュアのリラックスに貢献するかと言うと、ファルセット(裏声)を意識した息の送り方である。これはかなり効果的なので、実践してみることをお勧めする。

口先から息を送るのではなく、一度脳天(後頭部)に息を送り出すイメージだ。空気の逃げ道は口しかない。放って置けば息は口から出て行くので、それでラッパから音が出ると言う感覚が大事だ。

これまでもこのことを意識して練習したことはあるが、クセになっていなかったため、意識の隅っこにはあったものの、ほとんど忘れていた。さあ、これからこれをクセにする毎日が始まる。

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2007年5月 7日 (月)

意識のしすぎも問題だ

今の私の関心は「上の歯と下の歯の間隔」と「アパチュア」だ。やはり「上の歯と下の歯の間隔」をあけるのは重要である。「アパチュアが」広がるからだ。

が、高音に行くにしたがってアパチュアを閉じるという意識を「意識しすぎ」ていたようだ。もはや「意識」ではなく実際の「行為」になっていて、したがって音が「詰まった感じ」になっていた。高音域はあくまでも「息」と「リラックス」。それを「意識」しないと難しいということを実感した。

「リラックス」というのも技術なんだろうな。どこの力をどのように抜くのかが難しい。基本的には振動部分の周辺がちゃんとリラックスできる形が必要だ。また「リラックス」はしっかりとそう言い聞かせてから吹かないと難しい。

「難しい」ばかりいってるが、「難しい」という思い込みがラッパを難しくすると師匠から聞いたことがある。「リラックス」のツボを早くつかんでモノにする必要はあるな。

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2006年11月17日 (金)

一日の始めに

昨日の練習では音が散々たるもので、
具体的には「鳴っていない」状態だった。
アンブシュアが息の流れをさえぎっているという印象である。

その反省をふまえて今日は
ラッパを口に慎重に当てることからはじめた。
原因はやはり「アパチュア」。
今日はしっかり開けて音を出せたので
音もそのように「開いた」ものとなった。

先回では「息の流れ」についてコメントし、
それには「リラックス」が重要であることに触れた。
そしてさらに、その「息の流れ」を実現するためには
しっかりと開いた「アパチュア」が必要であるということを
ここで再確認できた。

「リラックス」という精神的な部分を補うためには
やはり私の場合には物理的な裏づけが必要である。
どうもそれがないと安心できないたちらしい。
そしてそれが今のところ「アパチュア」。
「息の流れ」もスムーズになり、したがって
「リラックス」も可能になった。

で、「アパチュア」を開くにあたり私の注意点としては、
ラッパを口に当ててから、いきなり音を出すのではなく、
「ラクに(リラックスして)」息が通るかを確認したほうがいいようだ。
この辺りは師匠にも常々言われていることではあるのだが、
そして忘れないようにしているつもりなのだが、
次から次へと立ちはだかる課題の前に
それの克服に躍起になって大切な基本をおろそかにしがちである。

しっかりとアパチュアを開いて息を通す練習からはじめる。
音を出したくなるがじっとこらえてもう少し続けてみる。
息の通りがよくなり次第そのまま音を出して、
ウォーミングアップに行けばいいのだ。
もちろん、あごの先がとがっているか等、
アンブシュアの確認もこのときに忘れてはならない。

「小さい音」を出そうとするあまりアパチュアが
閉じ気味になっていたのかもしれない。
まずは大きめでもいいので出しやすい音量で出し、
唇が「あったまる」につれて音量は落としていけばいい。
今日はその方法で「小さい音」も次第によく鳴ってきた。

練習というのは大変頭を使うものだ。
しかし「機械的」な部分で頭を使っている毎日。
早く次の段階、「音楽的」な部分で
頭を使って行きたいものである。

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2006年11月13日 (月)

ハイトーンの息の送り方

上手なトランペッターが口をそろえて言うことの1つとして
「呼吸法」がある。おそらくハイトーンを出すことは
これのみならず、アンブシュア・アパチュア・シラブル等、
様々な他の要因が複雑にそして微妙に絡み合うことで
可能になるとは思うのだが、
わが師匠が「ラッパは息一発だ!」とおっしゃるように
ハイトーンを形作る上でも「呼吸法」は重要な
要素であることには間違いなさそうだ。

今さらながらではあるが、
その「息一発」の意味がようやく分かりかけてきた。
ハイトーンを出すにあたり、もちろん速いスピードの息が
必要であることは間違いない。
では、力いっぱい吹くことなのか。否である。

おそらく、呼吸法とともに考えなければならないのが、
リラックスすることであろう。
これまた「今さらながら」の感はあるが、
「呼吸法」とは「リラックスして息を送る呼吸法」としたほうが、
やや回りくどい表現ではあるが、
誤解なく伝わるような気がする。

しかし「リラックス」と一言で言っても
私のような初心者同然の私にとって
それは至難の業で、むしろ「力一杯」でなければ
音は出ない毎日である。
「どこをどのようにリラックス」するのかが
全く分からないのである。

近頃アンブシュアも安定してきて、
それゆえか、以前よりは「リラックス」出来る。
いかに音を楽に出すかの土台である
この部分が固まらない限り、リラックスは
難しいかもしれない。
低い音から高い音へ、そして倍音の変わり目においても
一定のアンブシュアで音が出せることが前提となって
呼吸法は、リラックスは意味を成すような気がする。

様々な人の意見・アドバイスを試した結果、
音が高くなるにつれていわゆる「裏声(ファルセット)」を
意識した息の送り方がよいと感じた。
これは実際に歌を歌うときのことと照らし合わせたほうが
分りやすいと思う。

我々が高い音を出すとき、
高い音は裏声に頼ったほうが「ラク」であることは
ほぼ間違いないであろう。
したがってラッパにおいても苦しい音域になるにつれて
裏声を意識した息の送り方をしたほうが「ラク」なのだ。
そしてこの「ラク」ということこそ「リラックス」ではないのか。

この息の送り方を意識したとたん、
まずラッパを吹く体の姿勢に変化が出た。
「リラックス」出来ている。
苦しい音域で息を送るときに口が前に出ない。
これまた歌と同じで、後頭部や脳天から息を出すような
姿勢に自然となるのだ。
力が入っているのは「腹」。
口先で息を送ろうとはしていない自分に気付く。

同じ音域を出すにもこのやり方を意識するだけで
かなり「ラク」であった。しばらくはこのやり方で
ひたすら力を込めてラッパを吹くことから
脱却したいと思う。

「リラックス」においても、ただ力を抜くのではなく、
それ相応の方法を以ってやらないと
身に付けるのは難しいのかもしれない。

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